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【必要の場をツクル設計事務所】-長尾アトリエ の 長尾 です。

日本の遺産保護

白川村は、岐阜県の北西、富山県と石川県との県境にあります。

村の面積は、約350k㎡(95%が山林。)。富山県をぬけ日本海につながる庄川は、白川村の山の間を縫うように南北に貫きます。

川沿いには、いくつかの集落が点在。村の中央に位置する荻町は、庄川の河岸"段丘"上に形成された比較的大きな集落で、"白川郷・五箇山の合掌造り集落"として1995年、世界遺産に登録されました。。

世界遺産白川郷

もちろん、現在登録されている"すべて"の世界遺産は、最初から"遺産"だった訳もなく、ましてや、遺産になることを目的として誕生したものなどない。。。はずです。

同じく"白川郷"も、はじめから"遺産"だった訳ではないです。

もともと村周辺では当たり前だった"合掌造りの建物"とそれを取り巻く"農村風景"が、

  • 社会にとって"大事なもの"になったこと。
  • それを大切に守っていこうという"ひとたちの心"。

が重なって"遺産"が誕生したのです。もともと"白川郷"という地名は、12世紀頃には存在したようで、江戸時代(17世紀末)に"合掌造りの原型"ができたと推測されています。

このように、約1000年も昔に誕生したていたこの場所は、時代とともに変化を繰り返しながら、在り続けてきました。

いまでは、多くのヒトがイメージできる"この場所の風景"ですが、広く"世界遺産の白川郷"として認められるためには。。

まず、住人以外の誰かが、この"場所と景色"を発見し、その景色が"白川郷"の歴史やイメージとともに世の中に広がっていく必要があったはずです。

では、どのような過程で"白川郷"が遺産として、世の中に知られるようになったのか?

これは"白川村"という場所が、時代ごとのヒトの目に、どのように映っていたのかを知ることから始めるのが良さそうです。

白川村についての資料は、明治期(19-20世紀頃)からあるそうで、当然、書いている人の"立場"や"目的"によっても村の"見え方"は異なります。

また、世界遺産になっている白川村"荻町"は、村にある"18の集落"の内の"ひとつ"に過ぎませんし、江戸時代での"白川郷"は、合併以前の"42もの村"で構成されていたそうです。

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