いつもありがとうございます。【必要の場をツクル設計事務所】-長尾アトリエ の 長尾 です。
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バウハウスの建築
バウハウスとは第一次世界大戦後に、ドイツ中部の街ワイマール共和国に設立された、美術学校のことです。
1919年から1933年の14年間、工芸、写真、デザイン、美術、建築などで、それ以前の様式に見られた装飾を排除した、総合的な教育を行っていました。
活動期間は短いですが、その功績は大きく、現代デザインの基礎を作り、今でも世界中のさまざまな分野に、大きな影響を及ぼしています。
バウハウスのルーツは、19世紀末にイギリスで起こったアーツアンドクラフト運動にまでさかのぼります。
アーツアンドクラフト運動とは、産業革命により粗悪な工業製品が大量に生産された状況に異議を唱え、中世の手仕事に回帰しようとする運動のことです。
このアーツアンドクラフト運動の影響を受けてドイツでは、建築家や工芸家により結成されたドイツ工作連盟が誕生します。
そして連盟は、芸術と産業の融合をかかげ、製品の質の向上を目的とした規格化を推進し、その後、政治的な衝突などを経てバウハウス設立へとつながっていくのでした。
100周年のバウハウス
2019年に100周年を迎えたバウハウス。
当時の第3代校長を務めたドイツ人建築家のミース・ファン・デル・ローエ。
ミースの代表作に、1929年のバルセロナ万博のドイツ館として建設されたバルセロナ・パヴィリオンがあります。
この建物、シンプルな平面計画ながらガラスや大理石による複雑なリフレクション(反射)が、様々なイメージを生みだす空間です。
元々素材と構成が注目されており、ガラスの精度が上がったことも、その効果を生み出す一因として考えられるのですが、常に表情が変化する空間は、昔の写真では十分に表現できない現象でした。
建物自体は万博終了後に一度取り壊されたのですが、やがてモダニズム建築の傑作として1986年に復元されることになり、ミースの記念館として現存しています。
バウハウスの校舎
初代校長グロピウスの代表作であるバウハウスの校舎(1926年)は、写真を通じて世界で有名になった近代建築です。
一方でバルセロナ・パヴィリオンと同様に、写真などの媒体では表現の限界を感じさせることもあるようです。
中でも有名なのは、宿舎を斜めに見上げたダイナミックなアングル。
バルコニーが張り出しているのは、そこから互いに学生らがコミュニケーションをとることも想定されてのことなのですが、写真では、そのような文脈を読み解くのがかなり難しかったようです。
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