同潤会アパートが、建てなおされた経緯の話。
こんにちは。
長尾アトリエ の 長尾 です。
前回は、
余談を挟みすぎて『同潤会アパート』の"生い立ち"までに
なってしまいました。。すみませぬ。
本日は、その後についてです。
今は、もう無くなってしまいましたが、
表参道の『同潤会青山アパート』は、"震災復興後"の建て替え直前まで、
"住まい"のほか、
"商業用やコミュニティの場"として『再利用』され、
その表情は
"各利用者によって彩られたショーウィンドウ"と
"緑"が融合し、
ごくごく自然に、街の"風景"となっていました。
"場所のチカラ"も手伝ってだと思うのですが、
いま、見直され、必要とされている
『リノベ』の先駆けですね。。。きっと。
そして、
歴史的建造物として保存運動の中、
(確か。。『同潤会アパート』の写真集も出ていたと思います。。)
20箇所近くの場所に建てられていた"そのアパートたち"は、
老朽化のため、1980年代~2010年代 にかけて順番に
"取り壊し"と"建て替え"が行われました。
青山アパートが、表参道ヒルズのような商業施設になったのに対し、
"建て替え"の多くは、"タワーマンション"となりました。
これは、もともと、
『各所の"立地が良かったコト"で、建て替え後も入居希望者が、後を絶たない』
コトと、
『高層化し"戸数を増やすコト"で、地権者が建設費負担なしで"再入居"できる』
という"ベネフィット"が生んだ『結果』でした。
先日、少し話題になりましたが、
豊島区役所も同じ方法で"税金"を使うことなく建て替えました。
一方ここで、
21世紀の宿題が、少し見え隠れします。
"老朽化"した住まいを建て替えるタメに、
もともとの住人の再入居費を"新規の入居者が負担"する
という『方法』を選択し、
各個人の金銭的負担を少しでも軽減するために、
"新規入居者の数"を多くしなければならなくなりました。
そのため、
"必要な建物のボリューム"は、大きくなり
"限られた敷地の中"に建てるには、
"上にのびる"コトとなっていきました。
このような手法の『再開発』は、90年代~今でも盛んに行われていますが、
もう、お気づきの通り、『この手法』に終わりはなく、
究極的には、
日本の全住人が"一本の大きなタワーに住む"コトになります。
(その前になんとかしなければ。。というコトなのですが。^^;)
さて、ココまでで、近年のタワーの生い立ちを整理してみたのですが、
民間が扱う様になった"初期"の分譲マンションは、
ソコからもう少し"さかのぼる"ようです。
そこで、次回からは
"初期"の分譲マンションに関係がありそうな、
戦後復興のための"(昨今、リノベで話題の)団地"について
整理していきたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。
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