レンガの曲面からRC造の合理主義へ
ガウディの建築は、装飾的で有機的、といった印象を持っている人が多いかもしれません。
しかし実は、その技術は後の近代建築へとつながり、「合理的な建築」へと進化していきました。
その鍵となるのが、レンガによる「カタルーニャ・ボールト工法」そして、「コンクリートによる曲面構造」です。
スペイン内戦
この流れを理解するために欠かせないのが、1936年に始まった スペイン内戦 です。
バルセロナを中心とする共和国政府と、独裁者フランシスコ・フランコ 率いる反乱軍が衝突し、多くの市民が犠牲となりました。
この内戦は、建築の世界にも大きな影響を与えます。
1937年のパリ万博では、共和国側のパビリオンが建てられ、そこに展示されたのがパブロ・ピカソ の代表作「ゲルニカ」です。
この作品は、戦争の悲惨さを世界に強く訴えました。
建築もまた、ただの器ではなく、時代や社会と深く結びついていることが分かります。
サグラダ・ファミリアの破壊
内戦の影響はさらに深刻でした。
建設中だったサグラダ・ファミリア は爆破され、ガウディが残した図面や模型の多くが失われてしまいます。
これは、建築史においても大きな損失でした。
そしてこの混乱の中で、ひとりの建築家が国外へ逃れます。
それが、スペイン生まれのフェリックス・キャンデラ です。
キャンデラはメキシコへ亡命し、鉄筋コンクリートによる曲面構造を武器に、新しい建築を次々と生み出しました。
特徴的なのは、放物線や双曲面を使った、薄くて強いシェル構造で、その美しさと合理性は、1950年代には世界的に注目されるようになります。
一方、同じくスペイン出身の建築家ホセ・ルイ・セルト は、アメリカへ渡りハーバード大学で教鞭をとります。
セルトは、CIAM(近代建築運動)の中心メンバーとして、都市計画にも大きな影響を与えるとともに、ガウディの流れを汲むレンガのカタルーニャ・ボールトを使いながら、地域性を生かした「地中海モダン」を展開します。
その代表例が、ジョアン・ミロ のために設計したアトリエです。
世界へ広がる「曲面建築」
1960年代になると、曲面屋根の建築は世界的なブームとなります。
たとえば、ル・コルビュジエ のアトリエにいた ヤニス・クセナキス による「万博パビリオン」、「エーロ・サーリネン の空港」、丹下健三の「代々木競技場」など、名建築が次々と生まれました。
さらにキューバ革命後、フィデル・カストロ とチェ・ゲバラ の主導で、国立芸術学校の建設が進められます。
ここでは、地形に寄り添いながら、薄いレンガを積み上げた有機的な曲面建築が実現しました。
まさに、ガウディの技術が新しい形で再解釈された例です。
こうして見ていくと、ひとつの流れが見えてきます。
- ガウディのレンガによる曲面技術
- セルトによる地域性をもったモダン建築
- キャンデラによるコンクリート曲面構造
つまり、ガウディ建築は単なる「装飾」ではなく、構造的にも非常に合理的な思想を持っており、それが後の近代建築へと受け継がれていったのです。
ガウディの建築は、レンガからコンクリートへ、職人技から工学へと進化しながら、近代合理主義建築のひとつの到達点へとつながっていきます。
そう考えると、ガウディの見え方も、少し変わってくるかもしれません。
