産業遺産

いつもありがとうございます。

【必要の場をツクル設計事務所】-長尾アトリエ の 長尾 です。

産業遺産とは、

その地域に根付いていた産業を"今に伝える"遺跡をさします。

しかし、

明確な定義は無く、

様々な解釈があるようです。

例えば、

国際産業遺産保存委員会 (TICCIH)によると、

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歴史的・技術的・社会的・建築学的、

あるいは、

科学的"価値のある"産業文化の遺物からなる。

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としており、

"価値のある"モノとして定義しています。

前回までの"IBAエムシャーパーク構想"では、

重工業産業から受けた"汚染被害"を取り除き、

工業地域の中での"生活を取り戻すコト"を

目的としていました。

見る角度によって"価値の見え方"は変わります。

この地域が、

汚染被害から学び、再生に成功したことを考えると、

汚染被害をもたらした、

重工業産業遺跡にも

"価値がある"のかもしれません。

一方、豊洲ガス埠頭跡地。

50年代からの20年間、ガス供給の基地として稼働していました。

しかし、

電気との競合で76年に操業を停止してから、

工場は放置されたままとなり、

創業時のガス製造過程で排出された、

ベンジン、重金属などは、

工場の地中に放棄され、

そのまま"封じ込められる"コトとなりました。

その後、

築地移転が浮上し汚染土壌の"除去"と"盛土"で

解決ということになったのですが、

環境汚染に学び、

循環型の街として再生した

ドイツのルール地方と大きく違うのは、

最終的に"盛土"という手法で、

ガス工場を"無かったことにしよう"と

することにあるのでは。。と思います。

さて、

産業遺産をもつ都市や地域は多いです。

その中で、

地域の産業とともに、生活を発展させてきた富岡市。

日本で初めて、

本格的に機械化された

生糸の生産"施設・システム"として、

およそ150年前の1872年に

明治政府により建設されました。

この工場の最も重要なコト、

つまり"価値"があるコトとは、

世界遺産登録時のユネスコが、

工場で働いていたヒトたちの

"労働環境"や"生活"に関心を示しているように、

工場で製糸技術を学んだ女性たちが、

技術を日本全国に伝え、

地方部の産業育成に大きく貢献したコト、

にあります。

労働形態や生活環境の変化が激しかった

日本の近代化期の中においてでも、

工場で働くヒトたちは、

街と工場施設の"日常空間"を通じ、

そのつど、

諸課題を包括的に捉え、

解決するコトができました。

つまり、

女性の労働という現代の課題を歴史から"学び"、

今に"つなげる"コトが可能である。

というコトが

この産業遺産群の"価値"のひとつなのです。。。。つづく。