いつもありがとうございます。【必要の場をツクル設計事務所】-長尾アトリエ の 長尾 です。

東洋と西洋の文明が交差する場所

約1000万年前に始まったとされるアナトリア高原の火山によって出来た台地が、トルコの世界遺産カッパドキアです。

オスマン帝国とは、オスマントルコ帝国とも呼ばれ、14~20世紀初頭まで存在した、現在のトルコのアジア部分をなす"アナトリア半島"に建国された、イスラム教の大帝国です。

アジア圏であるアナトリアから、現在のギリシャ、ブルガリアなどのヨーロッパ圏であるバルカン半島や地中海にも進出し領土を拡大しました。

現在のトルコ首都イスタンブールあたりを中心に、4世紀~15世紀中頃までの長期間栄華を誇り、成熟した文化と強大な力を持っていたビザンティン帝国を15世紀中頃には滅亡させ、16世紀に最盛期を迎えていました。

帝国の躍進は"オスマンの衝撃"と呼ばれ、西欧キリスト教世界に大きな脅威を与えました。

しかし、17世紀末からヨーロッパ諸国の侵攻、アラブ諸民族の自立などによって領土を縮小させ、次第に衰退します。

19世紀に近代化をめざす改革に失敗すると、挽回を図った第一次世界大戦では、同盟国側に加わって敗北。

1922年、トルコ革命によって600年あまり続いたオスマン帝国は、滅亡することとなったのです。

斜面の洞窟住居

オスマン帝国がこの地を領有していた時代。

この地に住もうと移住してきたムスリム(イスラーム教徒)のオスマントルコの人たちは、新しく自分達の洞窟の家をつくって住み始めます。

この洞窟の家は、キリスト教徒たちの家とは異なり、家同士が中でつながっておらず、洞窟の入口には石造の開放的なテラスが設けられました。

これがムスリムの洞窟の家の一般的な住居様式となりました。

現在もカッパドキアの古い地区にある家の多くが、洞窟とテラスを組み合わせた形をしています。

人々は冬には暖かい洞窟で暮らし、暑い夏になると明るく開放的なテラスで過ごします。

洞窟の家には、決められた目的のために使われる特別な部屋があり、例えば、暗く涼しい場所は、貯蔵庫として使われます。

洞窟の中は保湿性に優れているため、ブドウなどの果物やパンなどを何カ月も保存できるのです。

暖かく明るい部屋はキッチン、あるいは家畜小屋や鳩の小屋として使われます。

洞窟の家は急斜面に建てられることが多く、テラスは段状になっています。

テラスを段々にして、各住居に開放的なスペースを設けることで、お互いのプライバシーを確保しているのです。

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