いつもありがとうございます。【必要の場をツクル設計事務所】-長尾アトリエ の 長尾 です

観光地白川郷

"観光地"と"白川郷"が結びつき始めるのは、昭和40年代にはいってからで、旅行情報誌"旅"に、"合掌造り"のことが紹介されてからです。

その、本格的な"観光"をうながすための内容とは、"合掌造りの秋どぶろく祭"といったものでした。

白川郷の"どぶろく祭"とは。。

毎年9月末から10月にかけて、"五穀豊穰・家内安全・里の平和"を"山の神様"に、祈願するお祭りです。各集落(地区)ごとにある神社で、獅子舞、民謡や舞踊などの"神事"が、基本にあるのですが、祭りとなると、いまでも、あちらこちらの家に訪れ、食べたり・飲んだり。。。と。

日が暮れると"芸能"と称し、"伝統芸能"から"仮装の寸劇"まで、様々な余興が繰り広げられます。

そして、その名のとおり、神酒としての"どぶろく"なのですが、約1300年前頃からすでに、祭礼用として用いられたそうで、お祭りでは、参加するヒトたちにも、振る舞われるのが"最大の特徴"です。

神社の境内で提供されるので、静かに酔っ払う。。といった感じです。

さて、村と観光との結びつきが強くなり始めると、"心に残るひとり旅コース"などとして、訪れるルートも一緒に紹介され、さらには、"バスで訪ねる合掌造りの集落白川郷"として"バスツアー"なども企画されるようになっていきます。。

ただ、この"結びつき"は、村内部のヒトたちによる"観光立村"活動の"賜物!"と、言い切れるものではなく。。

旧国鉄が個人旅行客の増加を目的に昭和40年代中頃から始めた、"日本の魅力再発見、ディスカバージャパン"の影響も大きく関わっていたのでした。

"目を閉じて、何を見よう。"

という"キャッチコピー"とともに始まったこのキャンペーン。

そもそも、観光地ではない"どこでもない場所"。

名前もしらない"日本の田舎"を旅することを大きな声で提唱していたので、それまでのいわゆる"観光地"に訪れるといった意識は"一蹴された"出来事だったのです。。


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